前回の続き
怪我をしたことで将来不安がMaxに。子供は小学生二人。中学高校ではもっとお金がかかる。
職人として働いていくには限界。転職するならここしかないと腹をくくりました。
嫁と話し合い。
転職リスクより職人を続けるリスクの方が大きいこと。宅建を活かした業種であれば活躍の幅が広がる可能性があることをしっかりと説明し転職活動を本格的に開始しました。
ちなみに職人時代の月給手取りは30万を少し超えます。しかし賞与は少ない。これが厄介なのです。生活レベルが月給に比例し上がっているので下げるのは容易ではありません。そういう意味で嫁の協力は絶対に欠かせないです。この段階では月の生活費を20万まで下げることを目標にいろいろと試行錯誤したのを覚えています。
潤沢な貯金があれば気にせず転職できたと思いますが、実際のところ教育保険以外の貯蓄はそこまで増えていなかったと思います。そういう意味ではしっかり貯蓄しておくことが仕事に左右されない人生を送るには重要でした。これは今だから思うことですけど。
転職方法はとりあえずネットで検索。
基本的に上場している大手の不動産会社から攻めてみましたが結果は厳しいものに。
この段階では一部上場企業の書類選考6社→合格2社(両方面接落ち)。
面接が重要と気づく。
転職とはどういうもので何を準備しどうすべきかをまったく勉強もせず活動するのはあり得ないですよね。でも、それが職人として働いてきた自分のレベルだったのです。会社勤めではありましたが中身は職人の仕事。今だから思うことですが職人としての思考から抜け出せていなかったように思います。
改めて感じるのは自分が思っている以上に職人の世界は狭いこと。職人の中でも比較的社交的、書面作成やパソコンスキルはそこそこあって取引先の営業マンとの会話も普通にこなせていたのですがそれでもやっぱり常識不足でした。職人業界のせいにするつもりはありませんがサラリーマンを目の敵にする傾向もあります。スーツは嫌いだし、丁寧な言葉遣いも嫌味に聞こえてしまいコミュニケーションを積極的に取る人は多くない。そんな中で働いていると常識も偏見に満ちたものになってしまうのかもしれません。
とは言いましても人間は成長できるものです。
面接を繰り返すうちにコツも分かってきますし、必要な知識習得についても前向きに取り組むようになりました。
そこで参考にしたのが一般常識の参考書。
イメージとしてリンクを貼っておきますがこんな感じの書籍を買って読む。
基本的にはそれだけ。逆にそれだけ一般常識が不足していたことになります。
ここからは自分が会社を選べる状況に変わることになります。
長くなったので続きはまた。
ではでは^^